「ゼロ炭素社会を目指して ― 原子力に期待される役割」――『原子力年鑑2023』執筆原稿
日本原子力産業協会は、1957年から毎年『原子力年鑑』を刊行している。私は2018年から2022年にかけて、「原子力年鑑2019」から「原子力年鑑2023」まで5年連続で、「Part II 将来に向けた原子力技術の展開」第1章「ゼロ炭素社会を目指して ― 原子力に期待される役割」の執筆を担当した。
各回の原稿は、発行年の7月までの1年間の動向を踏まえながら、テーマに関わる現状と将来の方向を論じている。
最終回となった「原子力年鑑2023」(2022年10月発行)では、以下の目次のもと、刷り上がり5ページにまとめている。
1. CO2排出削減への国際的な取り組み
2. 世界のエネルギー消費とCO2排出量
(1) 一次エネルギー
(2) CO2排出
(3) 電力セクター
3. 世界の2050年CNシナリオにおける原子力
4. 日本の2050年CNシナリオにおける原子力
5. ゼロ炭素社会を目指す原子力
(1) 導入速度大・必要土地面積小の原子力
(2) 電源構成と原子力のフレキシブル運転
(3) ゼロ排出の水素など燃料への原子力
(4) 大気中CO2除去への原子力利用
(5) 今後のエネルギー政策
以下、「原子力年鑑2023」の私の執筆原稿を掲載する。
ゼロ炭素社会を目指して -- 原子力に期待される役割 --
1. CO2排出削減への国際的な取り組み
地球規模の温暖化が進み世界各地で異常気象が観測されている。温暖化の主因は温室効果のある気体、とくに二酸化炭素(CO2)の大気中における濃度上昇と推測されており、CO2の主な発生源であるエネルギー供給における対策が喫緊の課題となっている。
CO2などの温室効果ガス(GHG)による地球温暖化への対応については1970年代から議論されていたが、1992年の「気候変動国際連合枠組条約(UNFCC)」によるリオデジャネイロにおける「地球サミット」の頃から国際的な枠組みを設定した環境条約の署名などの国際的な対応が本格化した。
この気候変動枠組条約締約国会議(COP3)の第3回(1997年・京都)で「京都議定書」が採択され、先進国など締結国は温室効果ガスの排出削減について定量的な約束を行った。
その後COPは毎年開催され、2016年にパリで開催されたCOP21において「パリ協定」が採択された。パリ協定では世界共通の長期目標として「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」を掲げ、各国は温室効果ガスの削減目標(NDC)を作成・提出と削減目標を達成するための国内対策を取ってきた。
21年11月に英国グラスゴーにおいて、COP26が開催され、パリ協定からの継続課題(市場メカニズムの実施指針、透明性枠組みの報告様式、NDC実施の共通時間枠等)で合意に至り、パリ・ルールブックが完成した。
一方、科学的・技術的・社会経済学的な見地から包括的な評価を目的とする国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の評価報告書が8年ぶりに改定され、第6次報告書(AR6)および政策決定者向けの要約(SPM)が作業部会(WG)ごとに順次公開された。
この間、2020年初からの新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミックによる経済停滞はエネルギー消費に大きな影響を及ぼした。
また、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻、それに対する西側諸国によるロシアからのエネルギー資源の輸入抑制・禁止措置は、欧州および世界のエネルギー資源確保やエネルギー 価格などに大きな影響を及ぼしている。
各国は当面はエネルギー確保のために、需給がタイトになった天然ガスから石炭への転換などの対策を講じており、地球環境対策よりもエネルギー確保を重視せざるを得なくなってきている。
これらは、高効率火力発電、ヒートポンプ熱供給、プラグイン自動車などによる着実なエネルギー効率向上によって地球環境保全を進める現実的な方策を推し進めている。
長期的には太陽光・風力などの変動再エネとともに相当量の原子力導入が必要との考えが世界的に強まっている。
2. 世界のエネルギー消費とCO2排出量
(1) 一次エネルギー
2000年~2021年の世界の一次エネルギーの消費量と各エネルギーのシェアの変化を図1に示す。2021年の一次エネルギー消費は経済のパンデミックからの回復によって5.8%増加し、2年前の2019年を1.3%(7.7EJ)超えている。
この2年間に、国別では非OECD諸国が15.3EJ増(内中国が13.7EJ増)、OECD諸国は7.5Ejの減となった。
図.1 世界の一次エネルギー消費[i](2000年~2021年)
(2) CO2排出
2007年から2021年までの各年のエネルギー関連のCO2排出量を図2に示す。
2020年のCO2排出量は1945年以来最大の6.3%減で2012年以前の水準に戻っていたが、2021年のCO2排出量は経済回復に伴って増加し2019年と比較して0.6%の減となった。
長期的傾向として、OECD諸国のCO2排出量は横這いから減少傾向にあるのに対して、非OECD諸国のCO2排出量の増加が続いている。2021年は、2019年と比較して、OECD諸国は6.5%減、非OECD諸国も2.6%増となった。
図.2 世界のエネルギー関連CO2排出量(2007年~2021年)
(3) 電力セクター
2020年と2021年の世界の電源別の発電量と構成割合を大きい順に表1に示す。
表1 世界の電源別発電量(2020年~2021年)
2021年の発電量は28,466TWhとなり前年比1,577TWh・5.9%の増加で、発電量の増加はリーマンショックから回復した2010年の6.4%に次ぐ大きさ。2021年は水力以外の電源は増加しており、その中でも再エネの増加が16%で最大となっている。一方、原子力発電も増加したが、シェアは10%以下に下がった。
原子力の本格導入が始まった1970年代後半以降の原子力発電量の推移を図3に示す。1996年には発電量に占める原子力発電のシェアが現在までの最高の17.4%になり、2006年には発電量が2,803TWhに達した。その後、福島第一原子力発電所事故などにより2010年代前半にOECD諸国の発電量が低下した後、中国など非OECD諸国の導入増加により世界全体では再び増加に転じた。2021年の世界の原子力発電量は、これまでの最高だった2006年の発電量と殆ど同じ2,800TWhにまで増加した。
図3 世界の原子力発電量(1977年~2021年)
3. 世界の2050年CNシナリオにおける原子力
温暖化を抑制するために2050年カーボンニュートラル(CN)に注力したエネルギー需給シナリオは多くの機関で検討されている。国際エネルギー機関(IEA)は、2021年にCOP26に向けて2050年ネットゼロ排出(NZE)の報告書[ii]を発表し、2022年にはこの中の原子力を取り上げた特別報告書[iii]を発表した。世界中で燃料価格が高騰し供給保障上の懸念が高まるなか低炭素エネルギー・システムへ移行を目指す国では、原子力発電が重要な役割を果たすことを強調している。
NZEシナリオでは、電力は2020年の26,778TWhから2050年の71,164TWhへ2.7倍に増加し、2050 年の最終エネルギーの約50%になる。
電源構成では、再エネは2020年から2050年へ発電量は8倍に増加し、シェアは29%から88%に上がる。再エネの中では太陽光が29倍と増加のトップ。原子力は同じ期間に発電量は2倍に増加するがシェアは10%から8%へ減少する。
2022年に発表されたIPCCの第6次報告書(AR6)では気温上昇を1.5℃に抑えるためのシナリオ評価を行っており、その97ケースにおける2050年発電量に占める原子力のシェアは図43)のように1%~29%と幅広く分布している。IEAのNZEシナリオの2050年原子力シェアは7.7%でIPCCシナリオ評価の中央値の7.6%に近い値になっている。
図4発電量に占める原子力の割合(IPCC・IEA)
IEAのほかBNEF(ブルームバーグ社傘下のエネルギー関連研究機関)、IRENA(国際再生可能エネルギー機関)、Shellなど6機関による2050年の世界電力供給に関する16のシナリオの比較[iv]でも、発電量に占める原子力のシェアは10%以下が多く、その中央値は8.1%である。この中のBNEFのRedシナリオのみが2050年原子力シェア30.8%で突出している。
一方、変動再エネの2050年電力に占めるシェアは34%~96%で中央値は59.3%と大きい。
4. 日本の2050年CNシナリオにおける原子力
2020年10月、日本政府は「2050 年カーボンニュートラル」を宣言した。2021年4月には、2030 年度の新たな温室効果ガス削減目標として2013 年度比 46%削減(さらに50%の高みに向け挑戦)の方針を示した。
政府は、このような温暖化対応を経済成長の制約・コストとする代わりに、成長の機会と捉え積極的に対策を行い「経済と環境の好循環」を作るとして「グリーン成長戦略」を発表した。[v]
この宣言におけるカーボンニュートラルは温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする(ネット・ゼロ)を意味しており、排出せざるを得なかった分は同じ量を吸収/除去することで差し引きゼロにしていく。
RITEによる2050年CNのためのシナリオ分析[vi]では、参考ケースと再エネ・原子力・水素・CCUS・需要応答などの課題克服・利用拡大を想定した5ケースの評価を行っている。この中の原子力の上限を20%(上限50%は別途実施)に想定した「原子力活用シナリオ」の場合の電力および非電力の最終エネルギー消費を表2に示す。
表2 2050年の最終エネルギー(電力・非電力)
最終エネルギーは、現在の電力26%・非電力74%から2050年の電力46%・非電力54%と電力化が進み、発電量は1,020TWhから1,350TWhに30%増加する。原子力活用シナリオの結果では、原子力は設定した上限一杯まで入り、電力コストを参考ケースの24.9円/KWhから24.1円/KWh(上限20%の場合)~19.5円/KWh(上限50%の場合)へ低下させる。
5. ゼロ炭素社会を目指す原子力
(1) 導入速度大・必要土地面積小の原子力
エネルギー効率の向上のためには、熱需要などをヒートポンプを利用して電力で賄い電力化率を格段に向上させる方策は効果的である。2050年を目標とした各種シナリオ検討では、世界の電力化率(最終エネルギー基準)は現在の約20%から2050年50%程度またはそれ以上となっている。さらに非OECD諸国ではエネルギー消費の増加が続くので、2050年まで世界的にゼロCO2排出電源の急増が必要になる。
電源容量増設のこれまでの実績を見ると変動型再エネよりも原子力の方が増設の速度が大きい。また、原子力は他のエネルギーに比べて電力供給に必要な土地面積が桁違いに小さい。開発が進められているモジュール式原子炉などにより建設費削減が可能になれば、原子力は2050年CNの電源構成でこれまでのシナリオより大きいシェアを占めると考えられる。
(2) 電源構成と原子力のフレキシブル運転
CO2ゼロ排出の電力システムは、①太陽光・風力など省燃料の変動型再エネ発電機器(VRE)、②短期変動に対する電池や需要応答などの即応型平準化機器・機能(Fast Balancing)、③長期変動に対する司令可能な発電機器(Firm)、から構成される。
電力取引市場ではこれらの構成要素から成る系統を競争的環境で運用していくことになるが、その場合原子力もフレキシブルな運転をすることにより収益を増す可能性が出ている。
フランスでは大型軽水炉の負荷追従運転が日常的に行われている。この技術・経験をもとに米国の電力取引市場において軽水炉のフレキシブル運転の経済性をシミュレーションで評価した例ではフレキシブル運転の方がベースロード運転より収益が向上している。
このように将来の電力市場では、原子力は容量市場での司令可能な発電能力(kW)のあるプラントの「kW」価値に「ΔkW」価値を加えることにより、「kWh」価値のマイナスより大きくなり得る。変動型再エネの割合が増えた市場では原子力のフレキシブル運転はその必要性に見合う対価を得ることができる。
既存軽水炉のフレキシブル運転利用に加えて、負荷追従が可能で経済的な新型原子力プラントの導入は重要となる。電力システムにおいてVRE発電とFirm発電からなるシステム全体のコストを最低にする条件では相互補完よりも相互に相手を置換する関係になり、フレキシブル新型原子力プラントのコストダウンの達成はそのシェア拡大に反映される。
(3) ゼロ排出の水素など燃料への原子力
これまで原子力のエネルギー利用は発電用が主体であった。電力セクター以外の非電力エネルギーへも原子力の供給が可能になれば原子力の寄与は拡大する。そのためには、非電力エネルギーの水素・アンモニア・炭化水素などの燃料製造にも原子力供給を拡げていく必要がある[vii]。
海水脱塩・運輸(舶用)・地域暖房などへの原子力供給についてはすでに一部で検討/採用されている。さらに、水素製造・合成燃料製造・製鉄などへの原子力供給、とくに高温ガス炉による高温熱供給が実用化すれば、利用価値・範囲が格段に向上・拡大する。
最近、再エネ電力から電気分解で製造する「グリーン水素」への期待が大きくなっている。水素単体・アンモニア・合成燃料(eFuel)として化石燃料製品に代わって非電力エネルギー供給を行う構想である。
同じ電気分解で水素を製造する場合、軽水炉などの原子力プラントから製造する水素は設備利用率が変動再エネの場合より格段に高く、原子力は水素経由で燃料などの非電力エネルギー供給の役割を担える。
さらに、原子力熱を炭素資源(天然ガス、バイオマス)の水蒸気改質/ガス化反応で水素/合成ガスを製造するプロセスに供給する方法は、既存の化石燃料ベースの方法から将来のCO2ゼロ排出の合成燃料製造へ技術展開できる利点がある。
(4) 大気中CO2除去への原子力利用
21世紀後半には年最大10Gton- CO2のオーダーの負排出(CO2除去)が必要になってくる。CO2除去の方法としては、バイオマス発電+CCS(BECCS)のほか直接空気回収(DAC)など様々な方法が試験・検討されている。これらの中にはDACのように大量のエネルギー(電力・熱)を消費するプロセスがあり、CO2を出さない原子力はその重要なエネルギー源になる。
DACなどで大量のCO2を回収する場合、回収プロセスの大量エネルギー消費のほか、CO2の貯留の規模の大きさなどの課題があり、より難度の低い方式の検討も行われている。
その一つとして、バイオマスを炭化して炭(バイオチャー)にして、利用/貯留する方法がある。炭は、空気中に放置しても数百年~数千年間安定なので貯留が容易であり、また土壌改良材・工業材料・構造材料など農業・工業などの用途で安定的に使用できる。また、炭化プロセスにおいて同時に生成される揮発性炭素化合物から合成燃料を製造し、これで化石燃料を代替すればその分CO2排出量を削減できる。
このプロセスに原子力からエネルギーを供給すると、大気中CO2の除去と合成燃料供給の両方によるCO2除去効果はバイオマスのみ使用する場合に比べて60%以上向上する[viii]。
今後、このような太陽光・風力・バイオマスなどの太陽エネルギーと原子力の協働的プロセスによってエネルギー供給をしながら地球規模の炭素循環を効果的にコントロールするシステムの構築・運用は重要になると考える。
(5) 今後のエネルギー政策
2020年から2022年にかけて、COVID-19のパンデミックとロシアのウクライナ侵攻によって、世界のエネルギー情勢に大きな変化が生じている。
今後、地球環境と両立する新しいエネルギー需給構造の構築に際しては、リスク・ベネフィットに基づく科学的・合理的なシステム選択がなされることが望まれる。それによって原子力がその特長を生かして電力および非電力供給において大きな役割を果たしていく際に、燃料リサイクルによる核分裂性物質の持続可能な供給確保が重要になってくる。
[参考文献]
[i] 図1~図3および表1のエネルギー統計値には「bp Statistical Review of World Energy 2022」(2022年6月)の値を使用
[ii] IEA, “Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector”(2021年5月)
[iii] IEA,"Nuclear Power and Secure Energy Transitions" (2022年6月)
[iv] Resource for the Future "Global Energy Outlook 2022: Turning Points and Tension in the Energy Transition" (2022年4月)
[v] 日本政府「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(2021年6月)
[vi] 地球環境産業技術研究機構「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)」総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会・資料(2021年5月)
[vii]堀 雅夫「カーボンニュートラル燃料への原子力」日本原子力学会誌,Vol.63,No.12 (2021年12月)
[viii]堀 雅夫 「カーボンネガティブ・エネルギーシステム」 Amazon Kindle, B083G1278K, 205ページ(2020年1月)







































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