海水ウラン:エネルギー資源か?
海水ウランのエネルギー:熱・仕事量・位置エネルギー
海水中には微量ながらウランが含まれており、その回収・利用がエネルギー資源として注目されることがあります。しかし、海水ウランは非常に低濃度であるため、エネルギー的に有望とは言いがたい側面があります。ここでは、海水ウランのエネルギー・仕事量・位置エネルギーについて考察してみます。
海水中のウラン濃度
データ:
ウラン2-3 mg/ton (アトミカ)
ウラン3.3 μg/l (日本海水学会誌第4号1977年 菅野昌義)
海水中のウラン濃度は0.0033 mg/l=3.3E-6 g/l
U235の発熱量
データ: U235の核分裂エネルギー(核分裂エネルギーWiki)
1グラムのウラン235が全て核分裂を起こすと、およそ 8.2×1010 Joule のエネルギーが生まれる事になる。
1E6 Joule =2.78E-1 kWh 1 Joule = 2.78E-7 kWh だから
U235の核分裂反応による熱量は 22796 kWh(thermal)/g = 8.2E10 W sec/g
U235の発電量
発電の熱効率を33%(軽水炉の発電効率と同等)とすると
U235の核分裂反応による発電量は 7600 kWh(electric)/g = 2.7E10 W sec/g
天然ウラン中のU235の割合
自然に存在するウランの内ウラン235は0.72パーセント = 0.72E-2
海水1リットル中のウランによる発電量
海水中ウラン濃度 x U235割合 x U235の発電量
3.3E-6 x 0.72E-2 x 7600 =0.00018 kWh/l = 0.18 Wh/l
この電力はウランを含む海水1リットルを何mの高さまで持ち上げる仕事量(位置のエネルギー)に相当するか?
1 Joule = 2.78E-4 Wh だから、0.18 Wh/l = 647.5 Joule/l
位置のエネルギーはmghだから 1 kg x 9.8 x h =647.5 kg m2/sec2 (Joule = Newton x m)
h = 647.5/9.8 = 66 m
海水ウランはそれを含む海水を66mの高さに持ち上げる仕事エネルギーを有する。
(含有するU235全量を軽水炉で核分裂・発電させた場合)
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この程度のエネルギー密度では、例えばウラン吸着のためにウランを含む海水をポンプで吸着剤の層を強制循環する程度で吸着したウランのエネルギーは全部消費されてしまいます。現在は、装置を海流中に固定して自然循環で長時間かけて吸着する方法が用いられています。
海水ウラン抽出には、海中設置の吸着剤への吸着の後、吸着剤の洗浄によるウランの溶離・化学処理・イオン交換などのプロセスが必要で、これらに要するエネルギーを考慮するとエネルギー収支はマイナスになる可能性が考えられます。
また、吸着剤の繰り返し使用による性能劣化に対する再生工程・交換、材料製造、設備の製造・設置・交換のためのエネルギーも必要になります。
要するに、海水ウランは理論上莫大な資源量を有するものの、含有濃度が極端に低く、回収に要するエネルギーと得られるエネルギーの比を見ると、エネルギー利得が著しく小さくなる懸念があり、エネルギー資源としての実用性は疑わしいと言わざるを得ません。
補足: 海水ウランのエネルギー投資収益率の評価
上に示すように、海水ウランの濃度は極めて低いため、その回収プロセスに必要なエネルギーが、回収したウランから得られるエネルギーを超えるおそれもあります。このため、海水ウランのエネルギー資源としての実用性を確認するためには、エネルギー投資収益率の評価をする必要があります。
エネルギー投資収益率EROI(Energy Return on Investment)とは、あるエネルギー資源を採取・生産するために投入したエネルギー量に対して、最終的にどれだけのエネルギーが得られたかを示す効率の指標です。
EROI = (得られたエネルギー量)/(そのために投入したエネルギー量) [%]
既存研究の概要
主要な評価研究
最も引用されているのは、テキサス大学のSchneider & Lindner(2013年、GLOBAL 2013発表)による研究です。ブレード型吸着材技術を用いた海水ウラン回収のEROIを試算しており、ウランをワンススルー燃料サイクルで使用した場合、EROIは12〜27の範囲になると推定しています。吸着材1kgあたりのウラン回収量(g U/kg)や化学品使用量の経済性など、不確定パラメータへの感度が高いとされています。(出所)
別の試算(ポリエチレン系ブレード吸着材を対象)では、日本沖での試験実績(吸着量2 g U/kg、6回再利用・毎回5%劣化)を前提にすると、EROIは22と推定されています。(出所)
陸上採掘との比較
フランスCEAによるレビュー論文(EPJ Nuclear Sciences, 2016)では、海水ウランのEROIは12程度としており、これは陸上採掘(約300)と比べて300分の1以下であると指摘しています。(出所)
エネルギー消費の内訳
参照パフォーマンス水準(2.76 g U/kg吸着材)において、エネルギー消費の主な内訳は、吸着材製造に使用する化学品(63%)、係留システムのアンカーチェーン製造・運用(17%)、吸着材製造プロセス(12%)となっています。(出所)
近年の研究動向
2024年に16報、2025年に20報と研究論文数は増加傾向にあり、材料科学的なアプローチ(MOF、電気化学的手法など)で吸着性能の向上が報告されています。ただし、これら新材料についてEROIを正面から論じた研究は限られており、材料の吸着容量改善が主眼となっています。(出所)
EROIの「最低ライン」をめぐる議論
エネルギー資源のEROIについて、どのくらいの値以上が必要か、その最低ラインについては研究者によって見解が異なっています。
Hallらの初期見解:EROI 3程度
エネルギー資源として有力な燃料源とみなされるためには、EROIが少なくとも3:1以上必要とされています。これはHall(SUNY)が提唱したもので、もともとの「経験則」です。 (出所)
Hallらの後年の修正:EROI 12〜14が必要
Hallは当初、現代文明を維持するにはEROI 3で十分と考えていましたが、数十年の研究の末、EROI 12〜14が必要との結論に至りました。(出所)
「豊かな社会」には20〜30が必要との議論
Lambert et al.(2014)は、社会的EROIが20〜30:1、一人あたりエネルギー消費100〜200 GJ、エネルギー指数0.2〜0.4が「幸福の閾値」であると示しています。(出所)
「10」という数字も使われる
「10」が「実用可能性の世界的な閾値」として広く参照されていますが、社会的要因や地域差によって、社会機能を維持するのに必要な最低EROIは大きく異なり得るとされています。(出所)
上のように、エネルギー資源として現代社会を支えるために必要なEROIの最低ラインについては研究者間で議論があり、3〜5(Hallの初期推計)から12〜14(Hallらの後年の修正値)、さらには社会的豊かさの観点から20〜30が必要とする研究もあります。
海水ウランのエネルギー投資収益率EROI の推定値12〜27は、上の議論の文脈では下限付近に位置しており、陸上採掘(約300)との差は歴然としています。
(2026.06.12)
追記1:海底の「ウラン団塊」の可能性
深海底にマンガン団塊(Manganese nodule)のような“ウランの塊”が生成・存在する可能性を調べてみました。結論は、「その可能性は極めて小さい」でした。理由は↓
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外洋の海水ではウランは主にU(VI)の炭酸錯体(例:Ca₂[UO₂(CO₃)₃])として安定に溶存しており、酸化的・高炭酸塩の条件下で“固相として沈殿”しにくいから。飽和溶解度で濃度が縛られているわけではありません(平均濃度≃3.3 µg/L)。1 2
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マンガン団塊はMn/Fe酸化物が超低速度で沈殿・凝集した「吸着材」のようなもので、ウランはその表面に“微量(ppmレベル)”で取り込まれるだけです。典型値は数ppm(例:3–8 ppm程度)で、「ウランの塊」にはなりません。3
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逆にウランが固相に濃集しやすいのは還元的な堆積物中でU(VI)→U(IV)に還元される場面ですが、これは層状・分散的に固定されるのが普通で、大きな塊状結核を作るプロセスではありません。4 5 6
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例外的に“ウランをやや濃集させる”海洋固相としてはリン鉱石質の結核(海成燐灰石=リン酸塩結核)があり、数十~数百ppm程度までUが富むことがありますが、これも「ほぼウランから成る塊」ではなく、母相はリン酸塩です。7 8 9
要するに、深海の酸化的環境でウランそのもの(ウラニナイト等)の“大きな塊”が自然に成長する条件は整っていません。見つかる可能性があるのは、(1)マンガン団塊やFe-Mnクラスト中の“ppmレベルの吸着ウラン”、または(2)大陸棚~陸棚斜面の燐灰石結核や還元的堆積物中の“分散固定ウラン”であって、マンガン団塊のように「塊体としてウランが主成分」のものではありません。10 11
(2025.08.19)
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