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地球規模炭素管理のための大気中CO2の除去 -- ネガティブ・エミッション技術 -- ジオエンジニアリング

温暖化の「緩和」から気候の「改善・復元」へ

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書では、気候システムの温暖化については疑う余地がなく、人間活動が20世紀半ば以降に観測された温暖化の主な要因であった可能性が極めて高いことなどが記述されている。

このような気温上昇に対して、その主因であるCO2などの温室効果ガスの排出を削減する「緩和策」と、緩和策が功を奏しても一定の気候変動による影響は避けられないので、その影響に対して予見的に対策をとる「適応策」が進められている。

緩和策には大気中のCO2増加を抑制する二酸化炭素回収・貯蔵 (CCS)などがあるが、緩和策をさらに進めて既に大気中に出ているCO2を除去して適切な濃度まで減少させる方策、あるいは濃度低下による温室効果減少と同様の効果をもたらす他の方策の提案・研究が行われている。

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このように積極的に地球気候を改善・復元する技術は「ジオエンジニアリング」(Geoengineering)、「気候工学」(参考文献1)などと呼ばれている。これらの技術は「CO2除去」(Carbon Dioxide Removal、CDRと略記)と「太陽放射管理」(Solar Radiation Management、SRMと略記)に大別される。(図1) CDRはCO2を除去するので「マイナスの排出」の意味で「ネガティブ・エミッション技術」(Negative Emission Technologies、略してNET)とも呼ばれている。

技術開発・評価の取り組み

気候工学の研究には各国政府や科学財団などが資金的に支援している。民間でも英国のVirginグループ創設者のRichard Bransonやマイクロソフト社創設者のBill Gatesの財団などが資金的な支援を行っている。この中でもVirginグループによる「Earth Challenge」は大気中のCO2を除去する実用技術の実証に対し2500万ドル(25億円)の賞金を提供するコンペを2007年に開始して注目された。

気候工学技術については、欧米を中心に多種多様な研究・開発が進められているが、この技術の効果・影響に利害関係を有する地域・国・産業などが広範なため、単に科学技術的課題の解決のみならず、社会的・倫理的・経済的・政治的・国際的な多岐にわたる課題の克服が必要と考えられている。とくに気候工学技術の実証・実施においては国際的な合意が必要な場合が多いと考えられ、適切な統治(Governance)メカニズムを確立する必要がある。そのために気候工学に関する国際的な会合では科学技術的な情報交流のほかに、上にあげた広範な課題についても意見交換が行われている。

7netconfそのような国際会合の一つ、2013年9月に英国で開催された「ネガティブ・エミッション技術に関するオックスフォード会議」(Oxford Conference on Negative Emission Technologies)に参加する機会を得た。

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この会議の議題は、CO2除去技術のレビュー、政策化の準備、新技術への社会の反応、研究のネットワーク化、エネルギー・環境への影響、研究優先度・技術評価のクライテリアなど。各国から招かれた専門家約100人が参加し、17世紀に建造された由緒ある大学構内で2泊3日5食の合宿・会食で討論を行った。

私は2007年からバイオマスと原子力を用いたCO2除去技術について研究し、国内外のバイオマス(参考文献2)や原子力(参考文献3)の学会で発表してきたのでこのオックスフォード会議に招かれたようだが、主催者の話では日本から招待したのは私一人とのことであった。

この会議では、成層圏へのエアロゾル散布などの太陽放射管理技術は、速効性や低コストが期待される一方で地球環境に対する意図しない影響が心配されており、対象外となっていた。

なお、会議の進行はChatham House Ruleで行われた。これは「参加者はこの会議で得た情報は自由に公開しても良いが、話した人などの所属・名前は公開しない」というルールで、公開性、情報共有、自由な討論を目指したもの。

以下、この会議で得た情報も含めて大気中CO2の除去技術について紹介し、地球規模のエネルギー・環境への対応について私見を述べる。

炭素循環と大気中CO2の除去技術

2globalcarboncycle図2に地球規模の炭素循環を示す。自然の状態では光合成に伴うCO2吸収と、呼吸およびバイオマス分解によるCO2放出が均衡して大気中CO2濃度は安定している。化石燃料燃焼による人為起源CO2排出の約半分が大気中に残るため大気中のCO2濃度が上昇してきた。

森林などの植生にはバイオマス成長(約60 GtonC/年、GtonCは炭素量にして10億トンの単位)の10年分の炭素があり、土壌中には20年分以上の炭素が存在する。これらの有機炭素は分解してCO2を放出し定常状態では成長量とバランスする。

海洋は大気より2桁大きい炭素を貯留し、大気との間で大量のCO2を交換し、現在は約2 GtonC/年のCO2吸収になっている。そのため海洋の酸性化が進んでいる。

なお、地中の永久凍土の中には土壌中より大量の炭素が閉じ込められており、もしこれが気温上昇により融解すると分解してCO2を発生しポジティブ・フィードバックで大量のCO2が炭素循環に加わることが心配されている。

この地球規模の炭素循環メカニズムから、現在研究されている下記のCO2除去方法が見えてくる。

① 大気中からCO2を回収・貯蔵
 ・大気中からCO2を直接回収
 ・自然の吸収作用(風化)を加速(陸上)

② バイオマス中の炭素分をCまたはCO2として回収・貯蔵
 ・バイオマス発電とCCSの組合せ
 ・バイオマスから炭(バイオ炭と呼ぶ)生成と発電/燃料製造

③ 海洋の炭素吸収を促進する
 ・自然の吸収作用(風化)を加速(海洋)
 ・海洋の肥沃化による吸収の促進

英国王立協会(参考文献4)は2009年にそれまでに提案された気候工学技術を評価して、主な技術について表1のように効果・経済性・適時性・安全性の観点から評点を付けている。

3evaluation_2表にはIPCCで緩和策に分類されている「発生源でのCO2のCCS」と「植林」が参考として示してある。また、この表にはCO2除去(CDR)技術5方法のほかに太陽放射管理(SRM)技術5方法も掲載してあり、各方法の特徴・得失を理解する参考となる。

前述のVirgin Earth Challengeでは応募で集まった千件以上の提案を選考して、現在最終候補11件まで絞っている。その内訳を見ると、大気中CO2直接回収5件、バイオ炭3件、バイオ発電+CCS、加速風化、総合生態系各1件となっている。
 
今後各種の気候工学技術の研究・開発・実証が進むに従ってより的確な評価が可能になっていくと考える。
 
バイオマスと原子力を利用する方法
 
4biomassnuclear_2筆者が提案している大気中CO2除去方法は図3に示すように、バイオマスを炭化してバイオ炭を生成するプロセスとこの時に発生する約半量の炭素分を含む揮発成分を水蒸気ガス化反応を経てバイオ燃料に転換するプロセスから構成されている。

バイオ炭は空気中に置いても数百年から数千年安定なので地球規模の炭素循環から除外でき、一方バイオ燃料は化石燃料を代替できるので、この両方の効果を合わせて大気中CO2を収率良く除去できることになる。
 
このようなプロセスはバイオマスのみでも可能であるが、プロセスに必要なエネルギーを原子力から供給することにより、処理するバイオマス量に対する炭素除去量を60%程度向上させることができる。

エネルギーの必要性と供給可能性
 
大気中のCO2を直接回収する方法は空気中の濃度400ppm (0.04%)の希薄なCO2を地球規模で回収・分離を行うには大量のエネルギーを必要とする。

一方、バイオマスを利用してCO2を除去する方法は、バイオマスそのものがエネルギーを有しているので、外部からのエネルギー供給なしでもCO2除去は可能である。

バイオマス処理に原子力を利用するCO2除去の方法は、地球規模で行うには大量のエネルギーを必要とする。

5energycdr_2上記CO2直接回収法とバイオマス原子力法が必要とするエネルギー量の概算値を表2に示す。

表2には1GtonCのCO2除去に必要な熱エネルギー量(単位はGtonOE、石油換算10億トン)と年1GtonCのCO2除去率に必要なエネルギーを原子力から供給する場合のプラント基数(電気出力120万kW、設備利用率85%)を示してある。
 
現在のCO2排出率は全世界で約8GtonC/年だが、将来緩和策によって低下するCO2排出率のもとCO2濃度を低下させるに必要な大気中CO2除去率を6GtonC/年と仮定すると、表2の「大気中CO2直接回収」 と「バイオ炭+液体バイオ燃料」のプロセスのエネルギー必要量は約1.5 ~ 2.1 GtonOE/年と計算される。6nucsupplycapacity

原子力による電力需要および非電力需要へのエネルギー供給可能量(表3)から、適切な増殖性能の高速炉・燃料サイクルを2030年~2050年に導入開始することにより、21世紀後半には大気中CO2除去に必要なエネルギーを原子力から供給することは可能と考える。

エネルギーと環境を統合した方策

地球気候の改善・復元には、エネルギーと環境を統合した次のような方策により進めるのが効果的と考えている。

 ▼ 電力供給を化石燃料から原子力および再生可能エネルギーに転換し、非電力エネルギー供給を化石燃料ベースからバイオマスベースに転換していく。

 ▼ 非電力のエネルギー供給に現在一次エネルギーの70%程度が消費されているが、運輸用エネルギーの電動化などにより非電力エネルギーが消費する割合を50%以下にしていく。

 ▼ この非電力エネルギー需要に対して、バイオマス原子力法による大気中CO2除去プロセスで生成するバイオ燃料を供給する。

 ▼ バイオマス原子力法により大量のバイオ炭が生成するので、現在の工業用途以外に農業・林業(土壌改良材)、建設業(黒鉛構造材)などへ炭素・黒鉛材料の用途を拡げる。

 ▼ バイオ炭・バイオ燃料生成用のバイオマスは、農業残渣、森林廃材、植林の成長分、藻類などのエネルギー植物から確保する。

 ▼ 発電とバイオマス処理に必要な原子力エネルギーの供給確保のために、適切な増殖性能を有する高速炉・燃料サイクルシステムを適時に導入する。

 ▼ この地球規模の事業の円滑な推進のため、炭素プライシングによるCO2排出者からCO2除去者への資金流通の国際的枠組みを確立する。

地球規模の大規模な作業

大気中のCO2をバイオマスの炭化によって回収・安定化することは、「古生代にバイオマスが地熱で炭化して生成した石炭などの化石燃料を人類が燃焼してCO2を排出してきたこと」に対する「復元」の作業である。

これまでの人為起源CO2排出は地球規模のものなので、これに対する復元作業は当然地球規模のものになり、これまでに観測・評価されている気候変動の進行状況から、CO2除去の作業はここ数十年内に実施すべきものと考える。

【参考文献】

1. 杉山昌広 「気候工学入門」 日刊工業新聞社(2011)
2. 堀 雅夫 「バイオマスの原子力炭化・ガス化による大気中炭酸ガスの削減」 木質炭化学会・第5回研究発表会 (2007年5月)
3. Masao Hori, “Nuclear Carbonization and Gasification of Biomass for Effective Removal of Atmospheric CO2” Progress in Nuclear Energy, Vol.53, 1022-1026 (2011)
4. The Royal Society Working Group (Chair; John Shepherd), “Geoengineering the Climate: Science, Governance and Uncertainty” The Royal Society (September, 2009)

注: 
◉ 本稿は筆者所属の研究機関のニュースに掲載したものを編集。
◉ ネガティブ・エミッション技術オックスフォード会議における筆者の「配布資料」「ポスター」(何れも英文)はダウンロード可能。

追記:

2015年6月、このバイオマスと原子力を使用する大気中CO2除去・燃料供給方法に基づく『カーボンネ ガティブ・エネルギー システム』おまとめて本にしました。↓

「21世紀中葉までに『カーボンネ ガティブ・エネルギー システム』を構築・運用へ」

これは、化石燃料をフェーズアウト、再生可能エネルギーと原子力によって地球環境の回復と持続的エネルギー供給を行うシステムを21世紀中葉までに構築・運用する、このようなビジョンをできるだけ定量的に説明したものです。
(2015.06.19)

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